午前2時の備忘録

写真を中心とした雑記ブログです_φ(・_・

【御朱印】3.富岡八幡宮(東京)

こんばんは、けーたです_φ(・_・(@memo_at_2am)

 

本当は昨日書こうと思ってたんだけど、

地味にスゴイ!DX 校閲ガール・河野悦子のせいで、

執筆が異常なスローテンポに、、、じゃなくて、

写真の校閲、、いや編集がなぜかうまくいかなくて

 

さて( ´ ▽ ` )

 

前回の御朱印はこちら。

 

www.memorandumat2am.tokyo

 

 

今回はお隣門前仲町の富岡八幡宮

立派な鳥居!洲崎のアットホームな感じもいいけど、

堂々と迫力があって格好いいです。

 

f:id:kta_0-0v:20170921230424j:plain

 

創建は1624年(寛永4年)、今から約400年も前のこと。

長盛法師が砂州(さす:流水による砂の堆積構造)であったこの付近を

干拓したとき、工事が難航。”波除八幡”の別名を持つ横浜の富岡八幡宮から

分社して同じ社名を許され建立されたことが創建だそう。 

こりゃ横浜の富岡八幡宮にも行ってみなきゃな。

 

残念なことに、第二次世界大戦末期の1945年3月10日、

アメリカ軍による東京大空襲で消失。

1956年に現在の社殿が造営されたんだそうです。

また長い歴史を重ねていってほしいですね。

 

さてこの神社、入って左手に、近代日本地図の始祖、

伊能忠敬の像があります。

 

f:id:kta_0-0v:20170921232353j:plain

 

なんでも、測量遠征の前にはこの神社に参拝していたんだとか。

そして隠宅を構えたのがすぐ近くの門前仲町1丁目。

約200年前のこと。

教科書で見かけるような偉人が登場すると、

より歴史の長さを感じさせられます。

この像の奥に名物深川飯が食べられるお食事処があります。

やっぱりこの辺りが海辺だったなんで、考えると不思議というか、

面白いというか。

 

またここは江戸時代の勧進相撲発祥の地としても有名。

勧進相撲っていうのは、本堂とか山門の造営・修復費用を

捻出するために催されるもので、1684年に幕府から

春・秋二場所の許可が下りたのがこの神社。

 

新横綱の四股名が掘られる横綱力士碑があり、

土俵入り披露が行われる場所です。

 

f:id:kta_0-0v:20170921234432j:plain

(稀勢の里のときのニュース記事↓)

http://www.sanspo.com/sports/news/20170609/sum17060913300001-n1.html

 

f:id:kta_0-0v:20170921234837j:plain

 

朱がとても綺麗。青空に映えていました。

(もっと空いれればよかった。。)

 

f:id:kta_0-0v:20170922000024j:plain

 

参拝後、いただいた御朱印がこちら。

 

f:id:kta_0-0v:20170922000814j:plain

 

お神輿のスタンプが押してありますね。

江戸三大祭の一つである富岡八幡宮例大祭で担がれる、

日本最大級の金や宝石が散りばめられた豪華絢爛のお神輿が

有名でして(有名なものが多い神社です)、そのスタンプですね。

境内に展示されてるんですが、ガラス張りと人だかりで上手く撮れず。

雰囲気は伝わりますか??

(PLフィルター持っていくんだった。)

 

f:id:kta_0-0v:20170922001656j:plain

 

当然ですが、過去の御朱印とまったく違う雰囲気。

春日大社は”漢字アート”、洲崎神社はオーソドックスな綺麗な字、

富岡八幡宮は”達筆!”ていう感じ。

 

 

これから増えていくのが楽しみです。

神社の勉強ももっとしていきたいな。

 

 

帰ろうとしたとき、偶然こんな標識を発見。

 

f:id:kta_0-0v:20170922002104j:plain

 

旧弾正橋(八幡橋)。

しかも深川飯カーと神コラボ。

もう何か楽しそうなものがある気配がプンプンではないですか。

 

前回の宿題だった『もう一本の波除碑』『洲崎』の調査を、

本当はこの日にしたかったんですが、急遽予定変更。

この後この旧弾正橋を目指したお話は、また別の夜に。

 

それでは今日はこの辺で。

おやすみなさい、よい夜を。

 (撮影:PENTAX K-5)

www.memorandumat2am.tokyo